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ゴルフ哲学

ゴルフ上達方法は、沢山ボールを打つ事ではありません。人が行うゴルフスイング動作は特別な動作ではなく、issueを特定し、知覚と意識に目を向ける事が上達には欠かせません。

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疑いは知の始まりである。

今の時代当たり前と思ってやってきた事が、間違っていたという事が

色々な分野で多くなってきてはないだろうか。 

ゴルフの起源は諸説あるが、歴史上確かなことは、1800年代にヒッコリーシャフトのクラブが出来て、量産可能なボールが出来て、1860年からジ・オープンが始まった事だろう。

写真撮影が初めて行われたのも、同じぐらいの時代だから 

ジ・オープン第1回優勝者のウィリー・パーク・ジュニアは、きっと自分のスイングを見る事もなくこの世を去ったのではないだろうか。

 

ハリー・バートンなど1900年前後から活躍しだした偉人たちの写真は多く残っているので、きっと自分のスイングを客観的に見る事が出来たであろう。

 

彼らは、自分のスイングを客観的に見てどう感じただろうか。

勿論、今みたいにスイングはこうあるべきだなんて論調はない時代である。

単純に、ゴルフゲームを楽しんだ時代だろうから、スイングのことなど気にせずに、何打で上がったかを仲間で競い合ったのであろう。

 

ゴルフに於いて、今も昔も変わらない事がある。

 

ゴルフクラブと言う道具を使って、ボールをより遠くにより正確に飛ばし、より少ない打数で終える事を競い合うスポーツ・・・ただそれだけである。

 

スイングが解らなくなってしまった方、上達が止まってしまった方、こうあるべきだと信じて何年もハンディキャップが変わらない方、何かいいヒントはないかと常に探している方。

 

すべてを疑ってみたらどうだろうか。

デカルトは言った、疑いは知の始まりである。

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