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ゴルフ哲学

ゴルフ上達方法は、沢山ボールを打つ事ではありません。人が行うゴルフスイング動作は特別な動作ではなく、issueを特定し、知覚と意識に目を向ける事が上達には欠かせません。

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世界に伍するには、いかにドローボールをコントロールできるかだ。

世の中の技術革新はゴルフ市場でも起き、ゴルフ市場に於けるミクロ環境でも様々な変革が起こり、ゴルファーの要望に応えるべきアイデア商品が多く生まれ消えて行く。 

ゴルフ関連市場では、ドライバーヘッドの変革により、大型化が急速に起きた。

それに伴いティペグの種類も豊富となった。

ゴルファーの願望は飛距離であるから、空気抵抗が削減され飛距離UPのキャッチコピーを見れば、ついつい買ってしまうゴルファーは多いであろう。

わたし自身もそんなゴルファーで、これまでも色々と試してみた。

ティペグの割には、単価の高い商品もあるのでなくならないように余計な気を使ってしまう。

その割に、期待ほど結果の変わる商品にはお目にかかったことがない。

結局、昔ながらの木製ティペグに戻ってしまう。

 

ドライバーのティアップが、他のクラブでティショットする時に比べ高いのはなぜだろうか。

単にヘッドが大きいだけではなく、ドライバーと言うクラブの特性を生かす理由がある。

 

木製ヘッド(パーシモン)時代は、今ほどティアップを高くする必要はなかった。

高くした所で効果は得られなかったし、一般ゴルファーにはそんな発想もなかった。

パーシモンヘッドで飛距離を出すには、パーシモンヘッド特有のギア効果を利用する事だった。

チタンヘッドでも有効ではあるが、パーシモンヘッドはギア効果が強く働いた。

クラブフェイスのセンター(スイートスポット)より先(トゥ寄り)で打つのか、手前(ヒール寄り)で打つのか、打点位置を変える事によって飛球を曲げて飛距離もコントロール出来た。

飛距離を出すには、トゥ寄りで低いフックボールを打てば、ランも出る強い飛球となる。

 

プロツアー最多勝利保持者は、ジャンボ尾崎こと尾崎将司氏。

尾崎氏の経歴、高校球児~プロ野球~プロゴルファーとなったのは有名。

プロ野球を退団して、プロゴルファーの道に入った尾崎氏。

プロテスト合格の翌年に日本プロゴルフ選手権で初優勝飾り、その年に5勝。

当時活躍していたのはビック3と呼ばれた、河野高明氏、安田春雄氏、杉本英世氏。

後年、尾崎氏は野球で鍛えた体力と体躯で、他のプロゴルファーに負ける気がしなかったとインタビューで語っている。

杉本氏らも、尾崎氏の飛距離を目の当たりにして引退を決めたと言っている。

 

野球界で結果を出せなかったが、ゴルフ界で鮮烈なデビューを飾った尾崎氏は、自信過剰となり、健康管理を怠り、慢心から70年代後半から80年代半ばまでスランプに陥る。

それでも優勝がない年は、79年と81年、85年のみ。(73年から2000年)

試合に足を運ぶファンの為に、ティショットでドライバーを振り続けた尾崎氏。

次第に飛球は曲がりの大きなスライスとなり、時に連発してOBゾーンへ消えて行く。

試合に出続けながら、肉体改造とスイング改造に取り組み始める。

 

尾崎氏は当時から、300ヤード近い飛距離で、持ち球はスライス。

暴飲暴食によって、身体の動きが悪くなり、曲がり幅は増幅。

180センチを超える長身で手足も長く、ワイドスタンスから高く振り上げたバックスイングでボールをクラブヘッドでつぶすように打っていた。

身体の動きが鈍くなれば、当然の結果としてスライスは増幅される。

 

尾崎氏は、同じプロ野球出身の後藤修氏に師事。

その時手にしたドライバーが、テーラーメードのツアープリファードメタル。

 

長身から身体を使ってグリップを高く上げ、曲がりの少ないスライス(フェード)を武器としていたが、身体の動きが鈍くなり、ボールに対するクラブヘッドの入射角が深くなる事で振子運動の上昇➡下降途中で捉えるようになってしまっていたと考えられる。

パーシモンヘッドでボールをヒットする理想的な位置は最下点。

 

多くのゴルファーが木製ヘッド(パーシモン)からメタルヘッドに変更する時、慣れるまで苦労したのがギア効果の働きがメタルヘッドは少ない為、球離れが早く、思ったより右に飛び出してそのまま右に飛んで行ってしまう事。

その為、初期のメタルヘッドはフックフェイスが当たり前だった。

 

クラブヘッドの動きは、上昇➡下降➡最下点➡上昇の動きと共にクラブフェイスの向きも変わる。

クラブの動きは、軸回転運動によって起こるクラブヘッドの振子運動なので固定されているボールの位置に対してクラブフェイスは右➡正面➡左となる。

 

メタルヘッドはギア効果が少なく、ボールにサイドスピンが掛かりずらい。

ギア効果が高ければ、右に飛び出したボールもサイドスピンが掛かりフック回転して戻ってくる、

サイドスピンが少ないという事は、バックスピンも少ない。

メタルヘッドでは、バックスピンを減らすことにより、推進力を高め飛距離を出す事となる。 

この特性を最大限に生かすには、クラブヘッドが振子運動の最下点➡上昇しようとする時、クラブフェイスが正面➡左向きに変わる瞬間にボールをヒットする動きが理に適っている。

 

尾崎氏と後藤氏は、この新しいクラブの特性を利用し、尾崎氏が陥ったスイングのエラーを矯正する方法を見いだし、そして融合させた。

その結果生まれた驚くべき手法が、ロングティによるハイティアップとアッパーブロー打法。


1988年 日本オープンゴルフ ジャンボ尾崎 緊張のパット「貴重映像」

 1988年に尾崎氏は6勝して、10年ぶりに賞金王に返り咲き、第2期黄金時代に突入した。(ドライバーのティショットは1分35秒後)

中嶋常幸プロの使用ドライバーは、パーシモンヘッド。

中嶋プロも後にスランプとなり、尾崎氏と同じ後藤氏に師事。


尾崎将司  1991年 日本プロ

 冒頭の映像で、ティの高さが良く解る。

この時使用してるクラブは、前年販売され大ヒットとなったJ'sメタル。

ツアープリファードとは違い、尾崎氏好みの洋ナシ型ヘッドでストレートフェイス。

パーシモンヘッドを彷彿させる形状であった為、多くのトップアマや尾崎氏ファンが飛びついたが、あまりに難しかったので使いこなせるゴルファーは少なかった。

 

トッププロを多く輩出したジャンボ軍団を率いていた時代に尾崎氏は言った。

ドローボールはフェードボールと違って、チェックポイントがたくさんある。フェードはフェード幅の大小の違いだけだが、ドローは身体をコントロールしなければ、チーピンにもなるし、プッシュアウトにもなりうる。だからフェードを持ち球にしていても、ドローをコントロールしなければ、世界ランカーにはなれない。

 

プロゴルフ界の大御所は、最新クラブをいち早く取り入れ特性を見抜き、ピンチをチャンスに変えたゴルフ業界の革命家であった。

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