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ゴルフ哲学

ゴルフ上達方法は、沢山ボールを打つ事ではありません。人が行うゴルフスイング動作は特別な動作ではなく、issueを特定し、知覚と意識に目を向ける事が上達には欠かせません。

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自分のしていることが、自分の目的(エンド)になっていないほど苦しいことはない。

子供は、大人に比べれば欲が行動に直結する。

成長と共に、様々な経験をする事で、欲をコントロールする思考を身に付ける。 

子供は自分が狙った所に、ボールを打つ事が出来なかった場合、単純になぜ違う場所に、ボールが飛んで行ったのか納得できずに質問をする。

〚なんで、あっちに行ったの?〛

子供のこんな疑問に答える時、腕や身体の使い方を指摘し、矯正した所で意味がない。 

動作が結果に結びつく事を理解出来ないのは、考える事より欲が勝っているからである。

狙った所に打ちたい欲が、動作を矯正する事により、狙った所に打てる確率が上がると、合理的に思考する事を阻んでしまう。

ゴルフクラブを使って、ゴルフボールを打って飛ばす目的とは何であろうか。

狙った所にゴルフクラブを使って、ゴルフボールを打って、飛ばす事が目的である。

 しかし、ゴルフをする事の始まりは、狙った所に狙い通りにボールを飛ばす事では無い。

ゴルフクラブを使って、ゴルフボールを打つ事が主な目的の筈だ。

クラブフェイスにボールを当てて、ボールを前に飛ばす。

この単純な目的に、人は夢中になる。

クラブフェイスにボールが当たる確率が上がり、やがて芯でボールを捉える事が出来、真っ直ぐ遠くに飛ぶボールを見て、爽快感を感じ欲求が満たされる。

ゴルファーなら誰もが、この様な経験をしたのではないだろうか。

練習場でボールを打つだけならば、フィールドに遠くに飛べば欲求は満たされる。

だが、欲に突き動かされた行動も、徐々に思考が働きだす。

 そして、疑問が湧き出てくる。

 

なぜ、いつも満足する打球が打てないのか?ミスする原因はどこにあるのか?

 人の行動は、欲から始まり感情が収まれば、やがて疑問が生まれる。

 

最初に芽生えた疑問に、どの様な仮説を立てて、どの様にして検証するのか。

この仮説、もしくは経験者からのアドバイス次第で、上達が比較的容易なのか、遠回りしてしまうのか決まってしまう。

 

動作は出来るだけ自然であって、特別でない事が望ましい。

目的は単純で、結果は目的が満たされたのか、満たされていないのかで決まる事象である。

動作の成否は、結果によってのみ決定される。

ゴルフ動作に果たして、正解はあるだろうか。

 

スイングコーチやインストラクターは、ゴルフ動作のどこを見ているのだろうか。

それは、対象ゴルファーのスイング動作ではなく、ゴルフクラブの動きである。

レッスンを受けている方であれば、指導者がゴルフ動作にだけ注視している様であれば、指導者を変更すべきかもしれない。

 

ゴルファー自身は、ゴルフクラブの動きを見る事も、感じる事も困難である。

ゴルファーのスイング動作は、飛球結果から傾向を導き出すことは出来るが、絶対ではない。

 

欲から始まる行動は、何かのきっかけで疑問と言う思考になり、疑問を解決する方法を探す。

この解決する方法を最初に考える事が、ゴルファーの動作なのか、ゴルフクラブの動きなのか、ここが運命の分かれ道となる。

 

夏目漱石の著書『行人』の中にある一節

『自分のしていることが、自分の目的(エンド)になっていないほど苦しいことはない。』

誰しも、思う様な結果が出るまでの道のりは苦しい、目的を達成する為の思考がズレている事に気が付けばいいが、ゴルフをする目的を達成(エンド)するには、 ゴルフクラブは必要不可欠で絶対である。

狙った所に、ボールを飛ばすには、正しいとされる動作をする前に、理解すべき単純で、ゴルフクラブの特性と結果に結びつく、ゴルファーが最も意識しなければならない事がある。

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