ゴルフ哲学

ゴルフ上達方法は、沢山ボールを打つ事ではありません。人が行うゴルフスイング動作は特別な動作ではなく、issueを特定し、知覚と意識に目を向ける事が上達には欠かせません。

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二百語以内で表現できない考えはない。

意識と感覚

道具を使って動作してプレーしたり、道具は一切使用せずに自分の身体だけを使ってプレーする種目が存在するスポーツの世界には、多くの人が魅了される。

道具を使う種目では、手を主体に使うのか脚を主体に使うのかで分ける事が出来る。

手を使う競技には打撃、投擲競技があり、脚を使うのはサッカー、ラグビーやスキー、スケートが代表的と言えるだろう。

動作を行う上で、過去の経験が影響する事は避けられない。

ゴルフのスイング動作をする上で、有利に働くのは手を主体に道具を扱うスポーツであろう。

ゴルフのツアープロで、野球やソフトボール経験者は多いが、Jリーグや実業団サッカー出身者がゴルフのツアープロを目指す話は聞くが、大成した話は聞かない。

 

人には、様々な感覚がある。

その道のプロフェッショナルは、感覚が優れていて、感覚を大事にすると言われる。

道具を使う動作であれば、感覚は道具と密接な関係にある。

したがって、手を使う動作であれば手の感覚が磨かれ、脚であれば脚の感覚が磨かれる。

 日本のツアープロの中で、ゴルフクラブに対して感覚が鋭いことで有名なのが、中嶋常幸氏だ。

中嶋プロがミズノとクラブ契約をしていた頃、当時ミズノ所属だったクラブデザイナーの喜多和生氏は、中嶋プロにテスト用のアイアンセットを2セット渡し、試打を依頼。

後日、中嶋プロから2番アイアンの重さが1グラム違うと指摘があり、量ってみた所、丁度1グラム違っていたという逸話が残っている。

サッカーであれば、リフティングは足の感覚を磨くトレーニングとなる。

ゴルフでも、クラブを使ったリフティングは、打点位置を知る事や手の感覚を養うのに役立つ。

中嶋プロのように、スポーツ競技の世界では、感覚が重視される。

感覚の世界とは、どのような世界なのだろか。

感覚を言葉で表現する場合、数量を抽象的若しくは、具体的に表現するのが一般的ではないだろうか。それは重さ、寸法、距離などを数値や重い軽いなどの言葉で表現する。

人が何かをする場合に失敗したり、思い通りに事が運ばなかった場合に意識のし過ぎで身体が硬直してしまったと言われることがよくある。

では感覚と意識には、どの様な違いがあるのだろうか。

意識と感覚は、時間の違いと言えないだろうか。

感覚を体験する時間は短く、手からでも脚からでも、その事象に遭遇した時、一瞬にして感じたことを表現してはいないだろうか。

感覚は、すぐに消えたり長続きしないと言われる。

一瞬なので再現性が低く記憶に定着しにくく、コントロールが難しい。

一方で意識には、時間的な制限はなくコントロールが可能である。

記憶定着させるには、再現性が高く、潜在と顕在をコントロールできる意識が必要となる。

感覚に頼ることなく、動作に結びつける意識をコントロールできれば、動作の精度は向上する。

潜在でも顕在でも、動作を起こすには、通常目的が先行する。

目的に対する動作が、過去に経験した事なのか、経験した事がないのか、似たような経験をしたかによって意識の度合いは変わる。

 例えば、手の中に納まるゴミをゴミ箱に投げ入れる行為は、潜在意識として下手投げでゴミ箱に投げ入れる動作が一般的で、それがゴミ箱に入る確率が高いと意識する人が多いだろう。

だが、野球などの経験者であれば上手投げの動作のが入る確率は高いと、潜在意識にある人も存在する。

次に考えなくてはならないのは、意識と動作を結びつける方法である。

感覚は一瞬で不確実なので、感覚を意識的に動作に結びつけることは難しい。

では、意識を動作に結びつけるにはどうすればいいのか。

人は、言葉によってメンタルが左右されるので、やはり動作も言葉によって表現するのが適切ではないか。

動作を言葉で認識し、その言葉からある動作をイメージし、動作を行う前に身体の部位を感覚によって呼び起こす事で再現性の高い動作を行う事が可能ではないか。

 

アメリカの社会哲学者で湾港労働者でもあった、エリック・ホッファーは言った。

「二百語以内で表現できない考えはない。」

 

言葉には力があり、感情でも動作でも表現する事ができる。

人に大きな影響を与える言葉は不思議である。

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