ゴルフ哲学

ゴルフ上達方法は、沢山ボールを打つ事ではありません。人が行うゴルフスイング動作は特別な動作ではなく、issueを特定し、知覚と意識に目を向ける事が上達には欠かせません。

このエントリーをはてなブックマークに追加

人間というものは、自分が恩恵を受けたたくさんのことを、それを思い出そうとしないと思い出せないものである。

意識と時間

人は社会生活を送っていれば、成果を期待する。

練習してきた事、努力した結果が認められる事に喜びを感じる。

有名なマズローの欲求5段階説で言う所の、承認欲求である。

日本のゴルフコースでは、一人だけでプレーする事は、通常不可能である。

また、ゴルフゲームの特性上、一人より複数人でのプレーが充実した時間を過ごせる。

ゴルフを日常的とは言わなくとも、定期的に楽めるゴルファーは社会的に恵まれているであろう。

長きに渡り、一億総中流社会を標榜してきた日本は、今や格差、貧困がキーワードとなり、時にメディアはネガティブ思考をばらまき、不安を募らせる。

一億総中流もそうであるが、明治維新以降、日本政府は、欧米を模範として国づくりを推し進めてきたのだから、社会も欧米化するのは当然の帰結と言える。

しかし、日本の失業率は3%台で、若年層で5%台である。

アメリカも同じく5%台であるが、EU圏は悲惨で平均すると20%台である。

だが、日本は少子高齢化社会が先進国で最初に訪れる。

このままの状態であれば、近い将来、EU圏の様に、賃金の安い外国人労働者を広範囲に受け入れるのか、AIロボットを普及させるのか、岐路に立たされるのではないだろうか。

日本では、相対的貧困率の割合が、近年増加している事が話題となっているが、絶対的貧困の数は年々減っているとはいえ、世界人口の10%前後となっている。

絶対的貧困に陥れば、生理的欲求が満たされれば幸せで、安全欲求まで満たされることはない。

相対的貧困では、安全欲求が満たされれば幸せで、社会的欲求が満たされる余裕はないだろう。

そう考えると、継続的にゴルフが出来る環境にあるゴルファーは、欲求5段階の生理的欲求、安全欲求、社会的欲求は満たされていて、次の段階の承認欲求が満たされることを望むであろう。

 安全欲求の段階までは、本能によるところが大きい。

承認欲求を満たすには、自らが考え、行動を起こさなければ、達成されない。

練習場で練習を積み、ゴルフコースでのプレーを控え、準備万端、日頃の練習の成果を発揮できる絶好のチャンスと意気揚々、昨日の練習で意識した事を忘れない様に、コースまでの移動途中、1番ティに向かう直前まで頭の中で復唱して・・・・。

 このゴルファーは、果たして満足のいく結果を得られただろうか。

恐らく、いつもと変わらぬスコアとプレーぶりに落胆し、仲間に心を見透かされない様に、あのショットが出たから今日は満足だと、強がりを言っているのではないだろうか。

なぜ、前日に練習した良いイメージを、意識し続けたのに、結果に結びつかなかったのだろうか。

考えられるのは、意識過剰に陥り、脳の覚醒物質が大量に分泌され、自律神経のバランスが崩れた状態で、プレーを続けたからではないか。

ビジネスマンであれば、初めての社内プレゼンや、重要な取引先との商談などで張り切り過ぎて、空回りした経験をお持ちの方はいるのではないか。

誰にでも、ある物事を意識するあまりに、なかなか眠りに就けない経験があるのではないか。

この事は、意識する時間の長短に関係があると考えられないか。

意識する時間が長ければ、忘れない様に、同じことを何度も繰り返し考えてしまう。

覚醒物質が大量に分泌され、やがて、自律神経のバランスが崩れストレスとなり、動作にも影響を及ぼす結果となってしまう。

人は、何かを意識し続ける事は不可能で、その意識から解放されれば、精神が落ち着く。

 人は、何も考えない事が一番楽で、ストレスも感じる事がなくなる。

 それは、欲(本能)に従う行為である。

 

リオで開催された、オリンピックが終了して、日本は過去最高のメダル獲得を達成し、多くの人に感動を与えた。

元陸上選手で、オリンピックに3度出場した経験を持つ為末大氏は、トップアスリートが考える事について、最初は何も考えずに競技を始めるが、ずっと何も考えずにいるのは選手にとっては逆に難しい。競技を続けていくと理解したいと言う欲求がどんどん強くなっていくが、考えすぎると谷に落ちてしまうと言う。

そして、ひたすら考えて、ある時、それがうまく行く瞬間が来る。そこから、考える事と、考えない事を上手にバランスさせるようになると、パフォーマンスが上がる気がすると説明する。

動作をする上で、意識する(考える)必要がある事と、意識しない(考えない)事を区別し、また、身に付いた動作を忘れない方法とは、どの様な方法だろうか。

 

2013年から3年連続で記憶力日本選手権で優勝、記憶力日本一の称号を持つ、池田義博氏は、記憶は覚える力と思い出す力で構成されていると言う。

また、脳はどんな情報でも、一旦記憶しても、きっかけがないとなかなか思い出せないので、それを「思い出」にすると記憶にずっと残って、そして思い出せるようになると言う。

記憶術では、エピソード記憶と言い、文字や数字の情報は覚えづらいので、イメージや絵にその情報を加工する作業が必要だと言う。

 

防衛大学指導教官で、自衛隊初の特殊部隊創設者である伊藤祐靖氏は、近著「国のために死ねるか」の中で、『私の知っている世界の1位はみんなこうだ。学問の世界は知らないが、特殊戦の業界のみならず、あらゆる種目のスポーツがそうだ。とっかかりは感性だが、裏付けには理論を求める。だから非科学的な説明は決してしないし、独りよがりの理論も持ち出さない。』とある。

 

小説家で詩人の井上靖氏は言った。

「人間というものは、自分が恩恵を受けたたくさんのことを、それを思い出そうとしないと思い出せないものである。」

 

記憶の初期の段階では、直感、感性、イメージを司る右脳を働かせ、記憶に定着させ、その後アウトプット(思い出す)を容易にする には、裏付けされる理論を言葉ではなく、イメージ化して記憶すればいいのだろうか。

 記憶に定着させる必要がある、結果が出る動作の情報は、イメージで記憶し、悪い癖や失敗する動作は、言語で記憶すれば、記憶に定着しにくく、何かのきっかけで出た場合、言葉によって出ない様にすれば、突発的な出来事にも落ち着いて対処できるかもしれない。

明確なイメージで記憶していれば、アウトプットに掛かる時間も少ない。

意識する(考える)時間が長くなれば、身体は硬直してしまう。

言葉でも短い言葉で記憶しておけば、思い出すのに多くの時間は必要としない。

このエントリーをはてなブックマークに追加