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ゴルフ哲学

ゴルフ上達方法は、沢山ボールを打つ事ではありません。人が行うゴルフスイング動作は特別な動作ではなく、issueを特定し、知覚と意識に目を向ける事が上達には欠かせません。

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われわれは自らが繰り返し行うことの産物である。

出来なかったことが、出来るようになる瞬間とはいつ、どの様にして訪れるのだろうか。

ビジネスの世界であれば、仕事が出来る人は仕事の処理能力の高さが求められるだろう。

処理能力が高いとは、与えられた仕事をさばく能力ではないであろう。

段取り良く何かに取り組む人を見れば、処理能力が高いと勘違いしやすい。

今後求められる能力として、深い専門知識なのか幅広い知識を有しているのか、どちらの人が未知なる社会で生き残れるのか問われている。

人工知能が人間社会に深く関与することは、今後避けられない。

どちらのタイプが人として役立つのか、はっきりした事は現時点では解らないだろうが、高いスキルを持ったビジネスパーソンでも、最初から処理能力が高かったわけではなく、どこかの段階でその能力に気付き開花した筈である。

習得スピードや習得度合いには個人差があるが、得てして習得度合いが早い人は、深入りしない傾向があると思われるので本質を見逃してしまう可能性がある。

ビジネスパーソンに求められるスキルはマルチタスクと言われる。

マルチタスクを武器にしてビジネスをしていれば、一目置かれる存在となれるだろうか。

見た目と中身が違うのは、”ものこと”には付き物かもしれない。

脳科学の研究によれば、マルチタスクは素晴らしくはなく、マルチタスクに仕事をこなしている様に見えるビジネスパーソンマルチタスクではないらしい。

japan.zdnet.com

人はどうしても見た目に騙されやすい、仕事ができる人と見えていた人が実は、段取り上手なだけであったり、意識高い系が意識だけで行動が伴わないことは多い。

人の集中力は一瞬かもしれないが、一瞬を積み重ねる事ができるのが人の能力だろう。

昨年話題になった心理学者のアンジェラ・リー・ダックワース氏が提唱する『グリット』を持った人がこれからの時代も生き抜ける条件なのか。

logmi.jp

当たり前過ぎるのだが、成功者が成功した要因で上げる事として必ず上がる言葉に、”諦めなかったから”があるが、この言葉はその域に達した人にしか理解できない。

本質を理解するには、その”こともの”に対して深入りし知る必要がある。

では、そのプロセスはどうなのか。

どれだけ時間が掛かろうとも、コツコツと諦めることなく続ける事で知り得るのか。

やはり、それには気付きが必要ではないだろうか。

専門知識を得るには、長く取り組むだけでは本質には達することが出来ない何かがある。

ことわざにある”好きこそものの上手なれ”では、本質を知ることは出来ない。

きっかけやモチベーションにはなるが、長く続けている、知っていることの自己満足に過ぎない。

 

ゴルフ理論を究め、確立した人物の筆頭と言えばデビット・レッドベター氏である。

レッドベター氏は、その慧眼力で多くのツアープロを救ってきた。

近年、新理論の”A-Swing”を発表して来日した際のインタビュー記事から考察する。

www.nikkei.com

レッドベター氏はA-Swing発表前に、ゴルフスイングで一番困難な所はバックスイングで、将来的にゴルフも野球のバックスイングの様になると言っていたことがある。

セットアップの段階でグリップは肩の位置に上げて、そこからボールを打ち始める動きにすれば、もっと正確にボールを捉えることが出来るということである。

野球とゴルフではスイング動作には共通点を見出せるが、ボールに対する意識と目標に対する意識、動作に入るきっかけが異なるのでバックスイングはなくならないだろう。

レッドベター氏の新理論に行きついた結果や、氏を指示するツアープロのスイング動作を見るとバックスイングに重きを置いているのが解る。

過去~近年~現在のスイング動作の変遷を観察しても、バックスイングは大きく変化している。

しかし、この変化はボール、ゴルフクラブの変化に伴う結果であり、特にクラブヘッドとシャフトの進化によるものと容易に説明がつく。

レッドベター氏も動作は再現性と安定性が一番大事で、それを簡単に理解できるスイングを求めてきたと述べている。

その結果がセットアップ、体幹が主体となる動作、重心から始動し、腰と手首の動きをワンピースにする始動が必要と説明している。

しかし、ここで抜け落ちている所を見なければ、どんなに素晴らしい理論でも役には立たない。

レッドベター氏が得意なのは、既に完成されたことに手を加えて再生することであって、基準からかけ離れたことや新規のことに対しては成してはいない。

ザ・アスレチックスイングでも言えた事だが、その理論に至った背景を知れば解ることが、表面的な見える部分を理解してもその本質を見失う。

クラブがなければできる動作が、クラブを握ればできなくなるのは手でクラブを動かすからなどは以前から一貫して言っている事であるが、クラブを握らなければゴルフスイング動作ではない。

バックスイングの初期段階で、手首のコッキングを完了させる動作を繰り返し指導してきたことは、手を使わなければできないので矛盾する。

人の動作は、同じように繰り返すことで脳に記憶され、繰り返し同じ動作を行うことが可能となるが、それには、結果が意図した事なのかそうでないのかなどは関係がない。

記憶されるには繰り返し行うだけで、記憶させる必要がなければ止めればいいだけである。

ただ、繰り返し長い時間続けていると、本人が気が付かないうちに少しずつ変化する。

ゴルフスイング動作で言えば、ゴルフの目的を達成するにはクラブの動きに掛かっている。

クラブの動きに直結しているのは、手である。

飛球結果を感じるのも手であり、触覚と聴覚によって一番感じている。

プロフェッショナルゴルファーが一番、敏感であることは想像に難くない。

そして、時にその敏感さが邪魔となる。

人は繰り返し行えば、その行為は習慣となり積み重ねることで身に付く。

その代わり意識は薄れ、そのことが当たり前となればいつの間にか見失う所が出てくる。

アリストテレス曰く

『われわれは自らが繰り返し行うことの産物である。したがって優秀とは行為ではなく習慣である。』 

習慣にも自覚が必要だろう。

余りにも長期間にわたって習慣化したことは、本来の目的を見失い、続けることのみが目的化してしまう恐れがある。

自分にとっての当り前は、他人にとっては当たり前ではない。

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